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    2010

05.16

« 幸せの・・・ »


二人は大学三年の時に結婚した。別に子供ができたわけでもなく何か結婚しなければ解決できない重要な問題が起きたわけでもない。ただ付き合ってるお互いが区切りが必要だと気付いたからだ。もちろんそんなに軽いことではないことではないのかということは重々承知していた。
もう1年待つことはないのか?と周りからは言われたが、やはり今しかないと思ったのだ。お互いがそういう気持ちを持った今しかない・・・と。

彼の両親はあっさりと認めてくれた。自分たちが決めることでもう、私たちのとやかく言うことではないと。
ところが私の両親には猛反対された。当然の話なのはわかっている。でも、彼らは私たちのことを思って反対しているわけではないことぐらいわかっていた。保身のため、世間体のため、すべては自分たちのため、自分たちの築き上げた生活を崩さんがための反対だった。結局は私の両親とは絶縁状態になった。

こうして私たちは一緒になった。式はお互い大学が忙しいという理由でせず、籍を入れることだけにした。お互い別々のところに暮らしていたがその籍を入れた日から同棲を始めた。
その頃の私たちは全くお金がなかった。そのため新居は六畳一間の狭いアパートであった。そのアパートは築50年を過ぎており、隙間風は吹くし、雨漏りもする。更には壁が薄く隣からティッシュの取る音さえ聞こえる(まあ、音が漏れてしまうことで小恥ずかしいことは多々あった。)そんなぼろいアパートであった。
でも、二人にしては十分だった。たとえ風呂がなくても銭湯があるし、隙間風が吹いてもお互いが温め合えればいい。
あのアパートでの日々は夢をかなえようと必死に頑張る二人が輝いていた日々なんだと今は思う。

その1年後彼は第一志望の職種ではなかったけれども就職し、暮らし向きはよくなった。
私は医者になるためにまだ大学に通っていた。その時からお互いが忙しくなり二人でご飯を食べることも、銭湯へ行くことも、二人で温め合うことも少なくなっていった。
しかも、生活習慣も乱れていた。今思えば少しずつだけれども歯車が狂い始めていたのかもしれない・・・。

そして私は妊娠をした。子供ができたことには私にも彼にも喜ばしいことではあったけれども大学は1年休学しなければならない。
出産までの間は非常に穏やかな時間を過ごしていたと思う。彼とは毎日話ができるしご飯も食べれる。そういった毎日が続ければ・・・。そう・・・願っていた。
出産後、勉学、育児、家事の3立をしていかなければならなくなって、元に戻りつつあった歯車もまた狂いだした。当時は彼に手伝ってもらおうという気は全くなかった。(今では彼には手伝ってもらうことは手伝ってもらいそうでなければ自分でやっている)それは自分のプライドが許さなかったこともあるだろうし、彼が私たちを食べさせるために結構無理しているというところを見ていたからであろう。その頑張り応えないと・・・。という焦りひとつにあった。

しかし、この狂っていた歯車も限界に達し、音を立てずに壊れた。

その日はあいにくの雨だった。
いつもなら駅まで歩いていたが雨のために彼に送ってもらっていた。

朝から体がだるくフラフラしていた。彼は何度も休めと言ってくれたけれどもその日は大事な用事がった。
つばさを保育園にあずけて駅に向かう。
車から降りたというところまでは記憶にある、彼の話によるとそのあとすぐに倒れたらしい幸い駅前だったので総合病院が近くにあり一命を取り留めたらしい。万が一倒れたところが田んぼの真ん中だったりすると命はなかったらしい。

気がつけばベッドの上。彼がずっと心配そうな顔で見ていた。
彼はほっとした顔でこちらを見ていた。
二日も寝ていたらしい。
医者ははっきりとした病名を言わなかった。いくつかの病名を候補としては挙げていたが・・・。
ただ、医者は今のままでは学問を進めることはできない。と言われた。
私がやめるべきなんだろうか?そう心に問いかけ続けた。
やっぱり結論はやめるということだった。
それが一番ベストなんだと…。

彼は3日間顔を出さなかった。何か考えることでもあるのだろうか、体調でも崩したのだろうか…彼のことを思うとなんだか寂しくなる。やっぱり自分は孤独なんだと…。
彼はスーツ姿で見舞いにやってきた。
彼の口から衝撃的な言葉が発せられた
――仕事を辞める
と。
気が付いたら彼の頬をひっぱたいていた。今までにない力で、今までにないぐらい長く。
しかも何考えてるのって怒鳴っていた。
6人部屋の他の患者が驚いてこちらを見ていた。
ただ彼はもう決めた。という。、詞が医者になるまでは残業のない会社に就職するといった。生活は少し苦しくなるけれどすべては詞が夢をかなえるため、これがベストだと考えたそうだ。
だけど今すぐ決めなくていいと付け加えて言ってくれた。


1週間後退院したが彼は答えを求めようとしなかった。
快気祝いとして彼はなれない包丁さばきで手料理を作ってくれた。
カレーや肉じゃがなどいもばっかりの料理でしかも皮がうまく剥けてないところがあったけれどおいしかった。

そして最後に彼は卵焼きを出してきた。
私の入院中何度も練習したという。
少し焦げてるんだけど・・・。と彼は笑う。
彼の言ってる通り卵焼きは焦げていた。
でも、泣いた。なぜか、泣いた。卵焼きで泣いたことはなかった。

彼が支えてくれるという実感があったのかもしれない。

どうしたの?とそばで心配する彼をよそに食べながらわんわん泣く。

彼はますます不安そうな顔をする。

自分のためじゃない。自分と彼のために…。

私は一人じゃない、彼と一緒に夢をかなえよう。







っとこんな感じかな・・・。と手帳に書き留める。

「詞、ご飯だよ・・・って電気つけたほうがいいぞ。目が悪くなる」

エプロン姿の彼が言う。

「はいはい」

「ママ―あのね私、卵焼き作ったのー。」

「へえ、それは楽しみだね」

「やっぱり、つばさはセンスがあるよ。一回教えただけですぐ作れたんだ」

「ははは」

「それじゃあ、行きますか」

彼と出会ってから10年。今思えば、いろいろなことがあったけれど今は幸せだと自信を持って言える。

この幸せが10年、20年と続きますように。






というわけで単発終了です。

これは僕の中ではナカヨシED→思い出訪ねて の間の補完のつもりで書きました。

以後、絢辻SSはこちらで統一させていただきます。
向こうのブログは主に薫とか薫とか薫とかをメインに進めていきたいつもりですが…。
まあ、今進めている二つのシリーズが終わればそういう風にしていきたいです。
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